5 July 2017

デザインは、ヘルスケア業界を人間らしくすることが出来るのだろうか?

この記事は、Bizzine.jp からの転載記事です。Design As Strategy シリーズの第1回の記事となります。オリジナルのサイトで読むには、こちらからどうぞ

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工場のベルトコンベアに載せられているような気分になる、年に一度の健康診断

治療法から病院での経験、医療記録や保険料請求にいたるまで、ヘルスケア業界には改善される余地のある事柄が多く存在している。患者中心に移行しつつあるヘルスケア業界においても、デザインは、人を中心に置いた解決策を導く助けとなる。連載第4回では、私たちがどのようなプリンシパルの下ヘルスケア業界における課題に取り組んでいるのかを紹介したい。

毎年、年度初めに行われる健康診断に行くと、自分が工場のベルトコンベアーに載せられた部品のような気分になったことはないだろうか。次々に人から人へ、部屋から部屋へと渡され、X線撮影、心電図、医師の診察…と、かなりのプロセスをこなさなければならない。それにも関わらず、驚くほど効率的に全ての項目を終えることが出来るような仕組みになっている。効率的に終えられることは助かるけれど、しかし私たち人間は、工場の機械とは違うのだ。

医療業界における患者体験では一歩先を行く、メイヨー・クリニックのマギー・ブレスリンが指摘するように、これまでにヘルスケア業界が直面してきたほとんどの問題は、技術に関するものであったが、いま、ヘルスケア業界が抱える最大の問題は、「どのように医療を提供するのか」ということに変わってきている。「何を」行うかよりも、「誰が」「いつ」「どのように」そして「どこで」行うかということが重要になっているのだ。

医療者の真摯な愛情が、患者の体調に良い影響を与えることもあるし、患者がより積極的に予防ケアに取り組むモチベーションにも繋がる、ということも考えられる。一方で、一般的に医療者が置かれている環境は、効果的なケアを提供する能力が削がれるようなものであることが、多くの研究によって明らかになっている。彼らが患者と適切な関係を築けるようにするためには、仕事の単調さや不必要なストレス、そして労働環境が再評価される必要があるのだ。つまり、医療機関はただ単に患者の身体の不調を治すために機能するだけでなく、医療者側の感情を理解した上で、彼らにより良い方法で医療の提供を行って貰う方法を考えていかなければならないのだ。

 

人を人として扱うヘルスケアのあり方

医療機関として充分に機能する、ということは、マズローの欲求5段階説で言うところの基本的な欲求を満たしているにすぎない。しかしそこからもう一歩進めて、人間味のあるソリューションを提供するための努力を惜しまないことは、信頼がおけて機能するソリューションを提供することと同じくらい大切なのである。

ここ数年間で、ヘルスケア業界の多くのプレイヤーが、医療サービスを提供する側と受ける側双方を理解するための具体的な行動を起こしている。GEやジョンソン・アンド・ジョンソンをはじめとしたヘルスケア・ソリューションを提供している企業の中には、社内にデザインチームを有し、物質的なモノのデザインをするだけでなく、医療提供者と患者への真の共感に基づいた経験のデザインも行っている。 彼らはフィールドに出向き、デザインの対象者への理解を深め、ソリューションが実際のニーズや行動に沿ったものになるようにするのだ。

近年「患者体験」という言葉を良く耳にするようになったのも、ヘルスケアにおいて「機能している」というだけではもはや充分ではないということを表しているのだろう。例えばクリーブランド・クリニックでは、患者体験のための部署を持っているだけでなく、提供するケアの質の担保を任された「最高経験責任者」という役職を置いている。このように、新しい医療製品やサービスを開発するプロセスの中心に、「人」が置かれることが増えてきているのだ。

では実際に、デザインは、どのようにヘルスケアを、より人間らしくすることができるのだろうか。いくつかの例を紹介したい。

 

医療行為が実際にどのように行われているかを観察する

医療機器は、使用する医師たちにとって、使いにくいものであってはならない。もちろん医師や技術者は、複雑なシステムや機器を使用するための訓練をしているが、より使いやすく、習得しやすくすることはできないだろうか?手術などの医療行為をする際に、エラーが発生する余地を残さないほど、医療機器をシンプルにすることはできないだろうか?
SuperDimension社の製品であるiLogicは、医師が患者の肺の中を確認するための機器で、本体、ソフトウェア、そして多数の使い捨ての付属キットによって構成されている。同社は、この製品の過度な複雑さと使いにくさに気付き、その原因となっているユーザーインターフェースの改善に取り組んだ。(https://designit.com/cases/super-dimension)

デザインチームは、何度か実際の手術を観察する中で、インターフェースだけが改善すべきものではなく、iLogicを使用するプロセス自体がとても複雑なものになっているということに着目した。医師は、両手と片足で機器の操作をしながら、患者とは逆の方向にある画面を見なければならず、さらに、ソフトウェアを操作するための手が足りずに、アシスタントに口頭で指示を出しながら画面を操作してもらっていたのだ。

結果として、ユーザーインターフェイスは、医師の口頭の指示だけで、アシスタントが迷うことなく操作できるように、再設計された。また、複雑だったプロセスを容易にするため、機器本体のレイアウトも再構成された。実際の現場を観察をしたからこそ、ユーザーインターフェースデザインのみを見やすくするだけではなく、手術が行われる手順に最適な形で、使い方そのものの改善をすることが出来たのだ。

医療提供者との共創

患者体験の向上を考えるときに、往々にして医療提供者側の経験の向上は見落とされがちだ。しかし、患者の体験は医療者によって届けられるということを考えると、医療者の経験を良くするためのデザインは、患者のためのデザインと同じくらい重要なものとして考えられるべきなのだ。

例えば、オスロ大学病院が乳がんの疑いがある人の経験をデザインしなおした際には、 病院のスタッフが全てのデザインプロセスに関わった。彼らは患者の命を左右する大切な役割をあらゆる面において担っているのだから、きちんとスポットライトが当てられるべきという考えからだ。(https://designit.com/cases/reducing-the-waiting-time-for-breast-cancer-patients)

このプロジェクトではまず、がん患者と病院側とでは、診断プロセスに対する見解が異なっているということがインタビューを通してわかった。乳がんの疑いのある人は、しこりが見つかったその日から自分は患者なのだと感じていたのに対し、病院側は乳がんという診断がきちんとなされるまで、その人が患者であるとは見なしていなかったのだ。従って、この認識のギャップを含めた、患者にとっての「診断がくだされるまでの期間」をいかに減らすことが出来るか、ということに課題が設定された。

病院のスタッフとデザイナーは共に、患者側の視点を認識した上で、この課題に対するソリューションを導き出した。全ての検査のワークフローを洗い出し、整理し直すことを繰り返すことで、結果的に、乳がんの疑いのあるしこりが見つかってから最短48時間で検査を始められる新しいフローを作り出した。また、診断が下されるまでの期間は、以前3ヶ月かかっていたものが、7日間にまで短縮された。

この患者体験向上の実現には、各専門スタッフが集まるミーティングを毎日開催することや、検査中の患者の誘導の仕方など、病院内のプロセスの大幅な変更が必要となった。つまり、病院スタッフの協力と、新しいプロセスでの実施なしには、このような良い患者体験の実現はなし得なかったといえる。

人間らしさをとりもどすデザイン | 人々を力づけるデザイン|人のためのデザイン

医療製品や医療の経験を向上させることと同様に重要なのが、(当たり前のことではあるが)デザインするその先には自分と同じ「人間がいる」ということを常に認識するということだ。

デザインする対象となる人はいまどのような経験をしているのかを理解し、 ベルトコンベアーに載せられた工場の機械ではなく、再び人間らしさを取り戻せるような新たなソリューションを考えなければならない。
例えば、いつどこへ行く時でもインスリンを持ち運ばなければならない糖尿病患者の生活を想像してみて欲しい。彼らは1日中、いつどこで、どのように注射するかを考えなければならない。インスリン注射は多くの不確実性が伴うことは避けられないが、それでも、デザインによって少しでも良い経験にすることは出来るのではないだろうか。

糖尿病患者のインスリン注射に関する混乱や不安を少しでも和らげるために考えられたプロダクトが、写真にあるようなペン型のインスリン注射器だ。異なる種類のインスリンを、ひと目で容易に識別するために色分けがされているので混乱を防ぐことが出来る。また、バネによる制御によってインスリンの注入速度を一定に保つことが出来るようになっている。そして、注入が終了した際にはカチッという音がすることで、患者はインスリン注射が完了したことを確認することが出来る。このように、常に、利用する患者が自信を持って注射出来ることを目的としてあらゆる面がデザインされたのだ。

変化の途上にあるヘルスケア業界

ヘルスケア業界ではこれまでにも数多くの変化が起こっているが、これから益々大きく、そして新しい変化がもたらされるだろう。その範囲は、治療法や病院での経験から診療記録や保険料返還の方法まで、まだ触れられていない多くの領域まで踏み込んだところでの改善になっていくのだと思う。

一方、ヘルスケア業界におけるイノベーションの実現は、そのシステムの複雑さと大きさ、関わる人の多さなどを考えると、当然ながら容易なことではない。数々の細かい規制や、様々な立場や役割を担った関係者との調整も必要になってくる。しかし、このような場合にも、AIやVR、その他のスマートデバイスなどを用いた新しいソリューションが、これまで長い間解決されていなかった問題に、違う角度から光をあてはじめているように、デザインとテクノロジーはイノベーション実現のための触媒として確実に機能する。

私たちはいま、世界の見え方が根本的に変わろうとしている転換点に立っている。そして遠くない将来、人の経験がまず第一に考えられた医療の環境が整った社会へとデザインが導いてくれるのだと信じている。

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